SERIES: Family Photography as Everyday Narrative
story & photographs by yoshiphoto

かつて家族写真は
特別な日のためのものだった。

七五三、入学式、結婚式。

写真館の背景紙の前に並び、
少し緊張した表情でシャッターを待つ。

ポートレートとは、
人生の節目をきちんと残すための“記録”だった。

けれどいま、
沖縄では少し違う風景が生まれている。

舞台は写真館から海辺へ。

こどもたちは裸足になって
砂浜を自由に走りまわる。

空と海の色は
その日ごとにまったく違う表情を見せる。

雲の隙間から差し込む光。
雨上がりの湿度を含んだ空気。
日が暮れる直前に訪れるゴールデンアワー。


自然がもたらす一瞬は、
いつだって人の想像を超えてくる。

完璧には整わない。

そんな “不完全さ” の中にこそ、
その家族らしいストーリーが立ち上がってくる。

笑い合う声。
抱き上げる仕草。
ふと視線を交わす瞬間。

日常とは、本来そういうものなのだと思う。

長く米軍関係者とその家族が暮らしてきた沖縄。
この島には、「いつか離れていく時間」が静かに流れている。

赴任し、暮らし、そしてまた別の土地へ向かう。

永遠ではないからこそ
この場所で過ごした日々は、
かけがえのない記憶になる。

いま沖縄で撮られる家族写真は、
“記念” を残すためだけのものではない。

そこに流れていた空気や、
その家族が過ごしていた時間ごと写し取る

そんな「日常のものがたり」へと
少しずつ変わり始めている。